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人生から何を学べるか。

人生から何を学べるか。

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人は、成長する過程で、体験できる全ての出来事から、何かしら知恵を得ながら経験し、成長していく。

そして、その経験と、知恵は、人それぞれの思考を通過する過程で、人それぞれの個性によって微妙な修正が加えられる。

とは言え、基本的には、地上で起こる出来事は、ほぼ同じ出来事として認識されるのだが、年齢を重ね「知恵」に「知識」と言う善悪を含んだ「知」を取り入れる事で、出来事の捉え方に違いが出てくる。

例えば、善悪の判断基準の中で、嘘は良くないことと教わる。
だが、「知識」を身に着ける事で、嘘をついてもばれない様に改ざんすることができるようになる。

人間関係で、トラブルが起きて自分の態度や言動に問題があっても、

「自分は悪くない!」

と、「自己防衛本能」が働くと、思考は「知識」から自分を悪者にしない為に、あらゆる材料を引出し、構成し、架空の物語を造り、検討し、物語の筋道に穴が無いかチェックして、出来事の「改ざん」に入る。

で、この「改ざん」に、真実と言う強く清らかなモノを、隠し通せる技はない。
だから、絶妙なタイミングでばれて信頼や信用を失ったり、あわよく数年持っても、寝かせた時間分、そのツケは大きく膨らみ「改ざん」した時の数倍の苦しみが待っている。
ついた「嘘」は、度合いと、「改ざん」し人を陥れた度合いなど、様々な事柄によって、返り方は反比例して戻ってくる。
で、この返りが大きいほど、その出来事から「学ぶ」重要性が大きいと言うことになる。

例えば、同じ出来事でトラブルが起こるのは、その出来事への自分の反応に問題が有ると言う事を示している。
でも、人(メンバー)は、以前と違うのに?なぜ?
と、思うかもしれないが、人生はそう甘くない。
人生は、人やメンバーを巧みに変えては、その問題に真剣に取り組むまで、人や場所を変えて、問題点をクリアーし理解するまで問題定義し続ける。
だから、いつまでも逃げる事はできないし、逃げても苦しいだけで意味が無いが、そこに「真の意味」」がある。
で、この「意味が無い」事に、気付き「真の意味」への気づきが、なによりも大切になる。

だから、「人生に意味が無いことなど無かったんだぁ~」

と。心の底から感じるまで、容赦なく、人生は難題を突き付けるかもしれない。(人によっては・・・)


人生は、ゲームと違って、リセットボタンも電源も付いていない。
人生で起こる全ての出来事をクリアーしなければ、何度でも繰り返し同じ出来事が設定し直され、本人が気付き改善や修正をして、その出来事から「真の意味」を得るまで続く。

また、各ステージの設定は、親子関係、兄弟姉妹、友人、恋人や異性との関係、上司部下など、ありとあらゆる人間関係に関するステージが設けられている。
これは、人は、人間関係を抜きにして成長が出来ないことを示している。

そして、自己防衛と言う、一見、心強いアイテムは、実は「エゴ」と言う身勝手な思考の根源の変形だと気付くことも重要なのだ。

人生で起こる全ての出来事は、その人、反応によって結果が変わり、経験を通して得た知恵によって、解決できるよう設定されている。

また、瞑想と言うアイテムにより、魂の領域から重要なヒントが送られてくる場合もある。

だが、勘違いしてはいけないのは、瞑想は、とても良いアイテムだが、静かな森で1人瞑想にふけっも、人生の問題をクリアーする事は出来ない。
また、お経やマントラなど、懸命に唱えたとしても同じで、己の心の闇を見つめ、人との関係から学ぶ姿勢が無ければ、ただ、ゲームを停止しているのと同じだ。

それから、これがもっとも多いが、全てを、他人の責任にしている人間は、いつまでも人生を変えることは出来ない。
いや、それどころか、苦しみを一生創り出しては、思い悩み、人を恨んで、自己を苦しめると言う、悪循環を繰り返すことになる。

こうなると、物事の判断は、利己優先で損得を基準に考えるようになるので、真の人間関係は築く事ができなくなり、自分がどこにいるのかさえ解らなくなる。
で。この人生の迷子になっている人々は、本当に多く存在している。

というか、人生って?、自身の?、魂?と言うように、これらに対して否定的で、他者への感謝が無く、まるで自分一人で生きているかのように振る舞う。
また、真逆の人を操作しようとする輩は、自分と他者と言う認識はあるが、支配を目的とした認識である為、全ての人間関係に条件付が付いていて、特に金銭的報酬に煩い。
何かを、するにも金銭的、精神的見返りを求め、自分のすることに値踏みを付けているので、無償の行いができない。
その証拠に、口癖は

「あの時、自分は、○○さんの為に、△△して、■■して、xxもした。」
「○○さんには、▲▲もあげたし、◆◆もあげたのに、何も持ってこない。」

など、押し売りにも似た行為で、見返りを求め、それが叶わないと、攻撃に転じ周りを巻き込んで行くのである。
これは、もう悪魔の仕業としか思えないが、これは、人間だれしもが持つ側面なのだ。
良きを知るには、悪しきを知らなければ、良きを感じることが出来ない。
しかし、両方を知った後なら、どちらを選ぶかは、自分で選択できる。

本当の「善」は、無報酬の行いの中に埋もれている。
無償から、湧き起った衝動は、人の心を動かす。



「悪」は、利益の生じるところに常に常駐している。
だから、得の取得を主としているので、行動に制限がかかる。

人命がかかっていても、メスを取らない医者、
空腹に苦しむ人の横で、飯を食い散らかす肥満の富豪、
人命より、利益重視の○発企業と国のトップと言われる人々etc・・・。                                         
                
人の上に立つ人々ほど、自己の利益に固執し、他者の利益に対し敏感で、嫉妬深い。
と、言うか、勝手に人の上に立ち、理不尽で身勝手な振る舞いや言動をしている事に気が付かない。
人の利益を、むさぼりって、人の利益を吸い取っている自覚の無い政治家や、
企業の経営陣の無知で無配慮な姿勢と言動に、どれだけの人々が悩まされ苦悩している事を、
いつ彼らは気付くのだろうか?      
  






                         THE END




                                 いつも通りに、話が横道にそれた(-_-;)







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