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不の波動の反動と集団的反応

不の波動の反動と集団的反応


本丸石垣 - コピー



人に対する不満や恨みの思いの波動を、その根源である相手に送れば、
その波動は、とりあえず、相手に届くが、解決するどころか、
届いた相手の防衛本能を目覚めさせ反撃に転じるので、逆効果になる。

これは、残念なことに、いくら自分の方に正当性があっても変わらない。

また、相手が自分の「非」を感じていても、
その「非」を認めると、自分の立場が、危うくなることは理解しているので、
まともな精神、思考の持ち主で無い限り、謝罪をし、自分のとった行動を反省したり態度を改めることは無い。

特に現代は、損得思が考が強く、思考が自己防衛の為だけに機能している人を多く見かける。
これは、世の中が、道徳観念を忘れ、「正直者が損をする」と言う考えに同意している証かもしれない。

だから、自分の立場を守る為ならば、どんなに矛盾な事だとしても、その事から遂げようと必死になる。
これは、政治家や経営者、先生、警官など、権力を有し、かつ人の上に立つ立場のに人に多いのが悲し現実だ。

で、上がこうだと、その下の階級の、課長、係長クラスの人にも多く伝播するのは当然で、
一般社員は、その歪んだ圧力に仕事に対する意欲を無くすのも当然かもしれない。

企業が、もっともなスローガンを打ち立てても、状況がこんなんでは、凶悪な事件が起こるのは、
必然ではないかと思う。


で、こう見ると、矛盾な人々の方が「得」に見えるかもしれないが、
矛盾に満ちた言葉、行為、行動の波動エネルギーを放てば、その波動は必ず本人に戻って来る。
絶妙に最悪な状況の時に、3倍→4倍→5→倍以上になって、必ず戻って来る。

波動の反響は、時間差が人間の時間差と違い、もっと大きな枠組みで見ているのだ。


人間の思考は、目に見えない純粋なエネルギーなのだが、この思考エネルギーの作用は半端でないくらい強力で、人を死に追いやる事も出来ると言う事を、本来認識して欲しいし、教育の分野に入れなければならない分野だと思う。

思考エネルギー特長は、出した人から受け取った人や物へと届くと、相手の思考エネルギーと交わり、交わったエネルギーは、お互いに交換し合い双方へ返って来る。

で、この交換時に、良いエネルギーを送れば、良い結果を感じる事ができるが、悪いエネルギーを送れば、悪い結果の出来事を経験する。

例えば、モノの場合、職人さんが使う道具など、マメに手入れをする事で、良い製品ができると言う結果を生む。
逆に、手入れが悪ければ、粗悪な製品になるのは必然だ。

これは、人間関係も同じで、良き信頼関係の上司と部下が生み出す結果と、
悪い人間関係の上司と部下が生み出す結果を想像すればいい。

この悪しき状態を変えるには、お互いの思いやりや、見返りの無い優しさなど、無報酬の心が必要なのだが、それを教える人間が居ないのと言うのが現代社会の特徴なのだろう。

いや、この2000年以上続いてきた、人類の課題かもしれない。

だが、この人類の危機を説き諭した人々もいたが、
そのほとんどの人々が、時の権力者や民衆に殺害されたのだ。

純粋な人々の心に触れ崇拝されている人々は、権力者達に危険分子と言うレッテルを張られ迫害されてきた。
が、しかし、その凶器と狂気に満ちた民衆の行為を、自らが赦し、人々を目覚めさせようとした人達もいた。

そう、佛陀やイエスである。

が、千数数百年前から、手放せ、赦せと、聖者が諭し(さとし)てくれても、結局ほとんどの人々が聞く耳を持たなかったが、「宗教」だけは、この尊い教えの力を理解していた。

良き教えのパワーを利用し、悪しきエネルギーに変換すれば、人々のエゴの育成に最適なことを、
支配者層は熟知していたのだ。(今現在も)

不安と恐怖を最強アイテムとしての宗教は、真の教えを改ざんし利用してきた。
国家間の抗争、宗教観の違い、民族間の土地争い、会社企業戦争、家族、友人など身近な関係にまで、敵対的自己防衛本能を植え付けて、操作してきた宗教は数多く、様々な人間関係に浸透している。

また、たとえ無宗教だと言っている日本人でも、脈々と続いてきた転生を通しDNAの一部として、
いや「思考」の一部として組み込まれているので、要注意だ。

そして、偏屈な人ほど、この「術中(じゅちゅう)」に、ハマる事は多い。

人の意見を聞かず、自身の利益を守る事に勤しむ人ほど、権力に憧れ、この目に見えない権力と言うを信じている。

では、権力とは一体なんなのか?

人々の弱き心につけ込まなくては、己を維持できない虚空なパワーの「擬態」のようなモノだ。

で、どうすれば、この「虚空の力」から解放されるのか?

答えは、思いのほか簡単。

単に、この「虚空な力」に根拠も根源も無と気付くだけで良い。

この支配的権力の真の姿を、見抜き反発をしない姿勢を維持するだけで良いのだ。

もし、この反発の無い「静止」状態を人々が維持できると、
支配者たちは力を維持できなくなり、燃料不足となり身動きがとれなくなる。
で、その燃料が、人々の不安や恐怖と言ったマイナス波動エネルギーなのだから恐れ入る。

しかし、車と同じでガソリンを給油しなければ動かなくなるのだから、対処法は単純極まりない。


が、この負のエネルギーを発している人々が多く、この「虚空の力」に、エネルギーを彼らに供給している。

意識的な(権力者人から、無意識な(一般人)人まで、多くの人々が、太古の昔からコントロールされている。


この問題を解決するには、まだ数千数百年掛かる・・・のかもしれない(-_-;)



で、壮大な愚痴の締めくくりに、個人的な関係の場合の「不の波動」対処法を一つ。


兎に角、相手(敵対する)を、意識しない。
自分が相手に抱く思いは、必ず相手に届き、
いくら自分に正当性がろうが無かろうが、受けた相手の感じ方次第で、
返って来る波動の質は決まってしまう事を認識できれば、
同じ波動を返すことのバカバカしさに気付けると思うので、
相手に怒りや恨みを抱かず、静止するか、感謝のエネルギーを送ると良い。
相反するエネルギーは、状況を変えるが、同じエネルギーでは、その状況を維持し変化が生れない。

また、不の波動を放つ人のほとんどは、自分の「非」に気付いているので、
常に「自己防衛本能」をフルに発動させているし、他者への信頼など無いに等しいので、
人の言葉に敏感で、思考レベルが低い人ほど、返事は常に攻撃的で威圧的で、
相手の優しい言葉や態度に弱く、少し持ち上げると、態度が和らぐ場合が多いかので、
相手の自尊心を尊重した態度で接して上げるのが良いかもしれない。

また、そんなことできない!
と言う人は、完全に相手を意識しない、「無の境地」で。接する方法もある。

これは、相手に何の感情もいだかないで、対応する方法だから、
機械的に接し、思考と感情を停止しなくてはならないので、かなり難しい方法だ。
そのかわり、相手から送られてくる不の思いは、あなたをと取りぬけ、行き場を失い本人に戻っていくので、
被害は受けにくくなりますが、「腐敗した会社」などでは出世は見込めません。

                             と、言うか望む人は・・・(-_-;)



と、言うことで、タイトルの「不の波動の反動と集団的反応」と言う小生意気なテーマと、
マッチしているか疑問があるが、なんとなくマトマった感があるので、良しとしたい(^_^;)




                        END
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神社の系統

                  090_20130323095856.jpg
 


神社の系統


今回は、神様の系統と題して、大胆にも神様分析をしてみたいと思います。



では、いきます。




まず、現代の神社ですが、人間が勝手につけた「位」又は「格」があります。
まぁ、勝手につけたと言っても「神社本庁」という部署?が統括しています。
               ↓
Wikipedia
(神社本廳(じんじゃほんちょう)とは、神宮(伊勢神宮)を本宗と仰ぎ、日本全国約8万社の神社を包括する宗教法人。)

で、この機関、正式な国の機関ではないようで、この下に神社庁と言う地方機関も存在します。
更に、この機関は、日本全国の神社全てが、加入?しているかと言うと、そうではなく

Wikipedia
「有力神社の中でも神社本庁に属さないものもある。」

と、ある。

更に。

Wikipedia
「神道政治連盟や日本会議といった宗教保守団体を通じて、一部の自民党保守系政治家にも影響力を持ち、保守的な政治活動を行っている。」

など、なんだか泥臭いくエゴイスティックな香り漂う人々が、牛耳っている感じがプンプンして、気分が悪くなります。                 


で。、神社の「格」ですが、「近代社挌制度」なんて、ほんとに下らない制度・・・ではなくて(^_^;)かなり雑な制度?で管理されてます。
だいたい、人が神社=神様に「位」と言うか「格」をつけ管理するなんて・・・トホホのな感じがします。
まぁ、これらについては、また別の機会に愚痴りたいと、思いますが、気分が悪くなる内容になるので・・・未定です(^_^;)


と、ここで、お断りを、一つ。

以前書いた記事で、「神仏は人を差別や区別しない」的な事を書いた気がするのですが、
今回は、この言葉に矛盾する内容になります(-_-;)

と。言うのも、この「村社」など、地域密着系の神社は、過去の自然災害や、疫病などの様々な災害に対し、
本当に能力のあった神主や陰陽師など、神秘の技を使えて尚且つ、自然と対話できる人々が、自然に対し法力・呪術などで対話をして、
火山や地震を鎮静化させたり天候を変えたりしていたと思います。

で、鎮静し自然と調和をとるため
土砂崩れなら山の神、
川の反乱、豪雨には水の神、
嵐は風の神、
火事には火の神、
地震には地の神達に祈願し、
人間の言う被害・天災を出来る限りの最小限おさえた後、祠を造り、祝詞を唱え、各神様をお祀りしたのが、現代の「お祭り」起源の一部でもあります。

で、この災害(?)鎮静系の神社などは、その時に亡くなられた人々の供養などもしている場合があります。
例えば、津波や鉄砲水など、村を丸ごと飲み込むような天災などでは、多くの人々が犠牲になりました。
そして、その御魂の供養をする為に「塚」などで供養したのです。
これは、人災の「戦」でも見られ、代表的なのは「耳塚」という負けた者の耳を切り落として作ったモノや、
打ち取った権力者の力を恐れて、その権力者の「首」を祀った「首塚」などがあります。


だから、旅先などで・・・。

「あ!神社だ。お参りしよう!」

  (金運があがりますように、あと、彼女(彼氏)が出来ますように・・・)

などと、祈願しても、もし「耳塚」なら成就するわけはありません(^_^;)
神社には、人と同じく、特性と言うか個性みたなものがありますから、各神社の個性、特性を知ったうえで、
お参りしないと、祟りはなくても、願い事は成就しないと思いますし、その願いに特化して神社でも自助努力は必要だと思います。

と、いうことで、地元密着型の小さな神社には注意して、参拝してください。。

で、これは、自分自身が体験して例ですが、数年前に、サイクル中に見つけたお稲荷さんにお参りした時の話です。

で。このお稲荷さん山の中腹にあり、比較的小さな神社で、当時、お稲荷さんに興味を持っていた自分は、迷わず参拝。
そして、祠の横にある大きな平たい岩に、当時の修験者の方々を感じまして、なんとなく自分に否定的な感情を抱いている感覚が伝わってきました。

で、その後、Pさんにこの事をメールで伝えると、その修験者達がPさんのところにエネルギーを送ってきたと言われました。
しかも、凄い勢いで、飛んできたらしいです。

で。その理由は、自分が参拝した時に、神秘の神様達が自分の後ろに同席していたことに驚いて、警戒態勢をとって自分に否定エネで対処し、
その元であるPさんの所に苦情申し立てに行ったという感じだったと思います。


またある時は、ある方から、あるお寺が気になると言われ、見に行くとにしたのですが、どうしても自分は、そのお寺に入れません。
何かが「来るな!」と、強く反発してる感じがビンビン来るんです。
で、これも聞いてみると、霊感が強いと、その場の「気(波動)」を変えられる可能性が有るので、嫌うのだと言われました。

だから、少し神秘術や呪文をかじった程度で「場の浄化」などをすると、その土地の存在の反感を買う場合がありますのでr、要注意です。
これは、Pさんも注意を促していますね。
なので、自分の能力に確信と自信と責任を持てるまでは、むやみな浄化は避けた方が良いですね。


あと、古墳などは、かつての権力者のお墓ですから、その王を守る存在がいてもおかしくありません。

だから、古墳系神社の敷地はぎ取るような、土地開発は、守護存在の怒りを買うにきまっています。

これも、事実ですが、自分の住む浜松市は、古墳が多く、今でも時々古墳跡が発見され工事が数年間ストップすることがあります。
で。その場合の費用は発見者持ちになるようで、悪質な業者は発見した事をかくして、作業して建物を知らん顔で建てるようです。


でも、その後、その辺一帯は、重い波動に満ちて良い事は無いようですね。

現に、その建物は、店舗だったのですがお客に恵まれず、倒産しました。



最後に、神社によって、神社の秘密や歴史を探ろうとするのも嫌う場合があります。
なので、やたら写真を撮って、ネットにUPするのは考え物です。
兎に角、神社も過去の人々が霊的存在の守護者となって、守っている場合があるので、自分は信心深いから大丈夫と過信して、どの神社もOKと思わない方が賢明です。


ただし、観光を兼ねて、一般公開系神社は別です。
そういう神社は、公表、公開大歓迎ですから、立ち入り禁止の場所を除けば、ほぼOKのはずです。
でも、まれに小さな神社でも、公開OKのオープンマインドな神様もおられますが・・・。


また、お寺も、ほぼ同じだと思いますが、仏教の場合、人間味が強いので、ご本尊にまず挨拶(合掌)をして、お寺にいるその他様々なの霊的存在から守護してもらうと良いですね。
あと、般若心経などのお経も持参していくと、お守りになります。


で、まとめです。

神様には、人智を超えた宇宙根源の壮大な「神」と、
地球外から送られた知性から得たモノを源にした「神」と、
人間自身の欲求から生まれた「神」など、様々な「神」があります。
自然全てを神とし、草木や川、山などすべての自然に意識を向けた、日本の神道は、地球と一体と化して行ずる素晴らしい「道」だと思います。

しかし、この素晴らしい「道」を知る人は、年々減少し、神社を観光地化させ利益重視になるのも悲しいが、
人々の願い事も、個人的な事が多いのも悲しい事実、他の利益を求めることで世の中に平和が訪れると言う教えが何故広まらないのか・・・(-_-;)。



と。今回もかなり愚痴っぽい内容になりました(反省-_-;)。

でも、今回は、以前からどうしても、書きたいと思っていた内容なので、ご了承を下さいm(_ _)m





                     -END-








※PS 神秘のお部屋の、「文字波動ノウハウ」の項目にある
http://members3.jcom.home.ne.jp/psyryu77/kan/power/nouhau.html
にも、神様の不思議が掲載されているので、是非みてみると良いと思います。       
●波動を改善する方法●のページの一番下の(文字波動ノウハウ(マニア向け))をクリック
4.自作自演の神秘現象の項目の「神仏は人間が作ったものだった?」
で、解説してくれていますので、興味のある方は一度読んでみると色々勉強になると思います。



占い師や霊能者で、気になること・・・。

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ここ数年、占い師から霊能者が、真面目な人々の御蔭で正式認められつつあり、
人々の心の奥底で眠る神秘の扉が開かれつつあるような気がして、嬉しい反面、
悲しいと言うか、残念な事とも目にするようになって、複雑な思いをする時がある。

で、一番気になって、気分が悪くなるのは。
TVなどで、占いや霊視などする番組で、
恋人が何時現れるか、その人の年齢、容姿、職業など事細かに話す人達だ。

芸能人だからTVで全てを公開して良いわでない。
と言うのは、彼らも普通の人間で、自身の人生n流れで成功も失敗を経験するのが、自然だからだ。
にもかかわらず、無神経でレベル(精神の)の低い占い師や霊能者は、ベラベラと自分の未開発能力をひけらかしている。
例えば、恋愛関係などで、鑑定依頼者に対し、その人(恋愛対象者)に出会う前にもかかわらず、その人のすべてを言ってしまう人達だ。

で、このいけないところは、出会う前に全てを伝えてしまうと、その経験自体が変わってしまい、
本来の人生の流れとは違う道筋になり、幸せどころか不幸な道に変わる可能性があるで危険だ。

結婚に失敗したくないと言う気持ちは分かるが、こんな風に選んでも失敗あるし、失敗の可能性はUPする。
自分自身で選択した訳ではないのだから、これは当然の報いだし、
結婚で失敗する事が、今生の人生の課題であれば、必ず経験しなくてはならないのが運命だからだ。
だから、失敗を嫌うのではなく、自分の成長に必要な経験をして喜んで迎え入れ、学びお礼を言って去ってもらうようにすると、人生が好転していくのである。

占いや霊視は、人生に対しての「転ばぬ先の杖」ではないのだ!

人生とは、本来自分自身で、学び、考えて、切り開いて行くもの。
他人が、介入してい距離、範囲は、ある程度有るので、占い師、霊能者、はわきまえなくてはいけないと思う。
これは親、兄弟姉妹、友人などの関係であっても当然ある。

にもかかわらず、レベル(精神の)の低い方々の傍若無人な振る舞いは本当に目に余るし
彼らの放つ波動の心地の悪さは、例えようが無い。

因みに、TVに出ている低レベルな占い師や霊能者には、ほとんど言っていいほど、
金銭欲の強い「霊」的存在が憑いている。
これは、本人の思考のレベルに比例するので、仕方が無いが、人前で公共の電波を使って人を視るのならある程度の思考レベルは必要だと感じる。

しかも、ここ最近また増えつつある、占いや霊能関連の詐欺事件が多発しているのだからなおさらである。

で、更に心配なのは、そのTVを観て鑑定者などが増える=被害者の拡大だ。

能力な無くてもモノマネはできる。
雰囲気や言葉使いをマネすれば、それなりに感じてしまうし、信用してしまう相談者は多い。

詐欺師は、人の心が読める。
その人が、褒めれば良いタイプか、叱られて喜ぶタイプで、言葉を使い分けて、自分に依存させ金銭を巻き上げる。

真の占い師や霊能者は、全てを伝えるのではなく、ヒントやアドバイス程度にして、その人本来の人生経験になるべく手を入れないようにする人だと思う。

「じゃぁ、また来月ね!」とか「来月の予約入れとく?」

などと、次回の予約などありえないのだ!
なぜなら、一回人を視たら依頼者本人の自助努力で、人生と向き合い、自分自身で人生の舵を取れるようなヒントとアドバイス与えて、自分いに依存させるように仕向けないのは、当然だと思う。

なんでもかんでも、自分自身に聞くように仕向けて、自分を信用させ、依頼者が自分で考えられないようにコントロールするのは、詐欺占い師の真骨頂、真の目的なのだから、本当に注意してほしい。


と、今回は、とても否定的な記事になってしまったが、内容は「否定」ではなく「真実」を書いたつもりです。

心の弱い人を操り、金銭だけでなく人生まで変えてしまう悪徳な占い師や霊能者に騙されないようにして頂きたく、書かせて頂きました。(大きなお世話で・・・(^_^;))


で、ここまで書いてなんですが、もしかすると、こう言う人々に騙されるのも、騙される人の人生なのかもしれない、なんて考えも浮かんで、迷走してしまう。

と、考えると。
運命とか人生は、自分自身が真剣に見つめて行かなければ、道標すら見えてこないのかもしれない。




                          おしまい。

プロフィール

kodama

Author:kodama
思った事を、感じたままに書いていますので、言葉に語弊を感じるかもしれませんが、
あらかじめご了承下さい。

※書いた記事は、途中で編集することが、多々あります(・_・;)

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