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承認欲求

今回のお題は「承認欲求」です。



この「承認欲求」は、多くの人が抱えている問題の一つだと感じています。

何故かと言うとこの「承認欲求」に気づいている人が少ないからです。
そう。ほとんどの人は、この「承認欲求」を無意識に行っているんです。
これは、多分、こんな問題を自分が抱えている事を「認めたくない」と言う意識が働くからだと思います。
と、言っても、この「承認欲求」がなぜ問題なのかと思う人もいるかもしれません。
でも、自分的には、この「承認欲求」かなりの社会問題だと思うんです。

と、言う事で、この「承認欲求」の危険性をなるべく短く端的に書いてみたいと思います。

では。行きます。


159.jpg




まず、ここで「承認欲求」の内容を簡単に書いてみます。


1・人に必要とされれたい。
2・重要な人物と思われたい。
3・信頼され信用され頼られたい。
4・・・・
5・・・・と、まだまだありますが、このくらいにしときます。


など、人から「認められる」こと以外にも「信頼」とか「信用」と言う人間関係に不可欠な要素を求めるのが、
この欲求の根源です。

だから、もし自分この「不可欠な事」=「人として必要な事」と思い込んでいる部分が欠けていたら、
「不安」なるのだと思います。

では、
この「承認欲求」と言うモノはどこからくるのか?
これは「孤独感」や「疎外感」を根源としていて、
上記に書いたように他者から認められたい、頼られたいと言う思いが「承認欲求」として現れると認識できます。

で。この欲求の原因を色々調べると、幼少期の親との関係に原因があるようです。

例えば

親に認められたい。
親に相手にしてほしい、自分を見ていてほしいと言う「不安」が、
発端になっています。
で、その後の成長ともに対象が、友達や先生になり、
成人し就職すると、同僚や上司へと変わっていくんです。


で、残念ながら、現代社会は子供の気持ちを感じない感じられない親は多く。
子供に言う事を聞かせる為に、つきはなして冷たく接して、それが嫌なら言う事を聞きなさいと言う躾(しつけ)とは言いえない事をしている親が多いんです。
感情むき出しで、怒る親も良く見かけます。
「叱る」と「怒る」は似て非なるもの、まったく違うことを理解していないと、とても危険です。
で、こういう育て方をされた子供は、認められると言う行為に執着心を持ったまま大人になります。

そして、いつまでも解決策を見つけられないまま、大人になり社会に出て就職した職場になじめない人は、
本当に多いと実感しています。

で、更に今の不況が拍車をかけていて、
会社に残る為、自分は必要な人事だと思われないといけないと言う意識が強くなっていて、
その為には、ひとがどうなろうと関係ないという「適者生存」観念が働いているからだとも感じます。

この「適者生存」は、人を操作する人々が編み出した「罠」です。

国や宗教が、人々にして来た「飴と鞭」という考えが大元となり浸透した固定観念なんです。




では、話を「承認欲求」に戻します。

まずは、「承認欲求」に気付きこの欲求を手放せるようにしないと、
この欲求に虜(とりこ)のままで抜け出すことができなくなります。

     では、どうすれば良いか?


簡単に書くと、「人から認められる事に意味は無い」と、言う事に気づく事です。

でも、この考えは楽観的で、お粗末に聞こえます。

でも、答えは、これしかないと思います。

なぜなら、この観念は、支配者が意図的に植えつけた観念で、
本来の人間関係には不必要な考えだからです。

お互いに思いやり、お互いを尊重し合えば、不必要な人などいない事に気づけます。
でも、支配者から観れば、お互いを戦わせる事で「適者生存」と言う観念を植え付け、
自分達の思いどうりに人々を支配し操作することが出来るからです。

だから、この観念に支配されないようにするには、この無慈悲な観念は役に立たないと認識するしかないと思うからです。

でも、なかなかこの考えは受け入れる事は出来ないと思いますが、
自分にとって、周りの人々にとって、何が必要で何が不必要かを真剣に考えれば、
少しづつ自意識に変化を与えることは出来ると思います。


で。自分は今。

「承認欲求」実は何の役にもたたないと言う事を、思考に認識させるようにしています。

例えば
人に認められる目的で起こす行動(言動も)実は何の役にもたたないし、かえって人間関係を重く苦しいモノに換えると言う事を、
自身の思考に認識させています。

なぜなら。
適者生存というお粗末な考えで、築いた関係はちょっでも支配者に不利な事が起これば、
すぐに崩れてしまうからです。

自分を守る為に真実を言わず、方便で付き合い「嘘」で築いた人間関係の結末は悲しすぎます。

更に、自己の成長は出来ないし、人間関係の構築には、たいへん邪魔なお荷物でしかないと言う事を、
思考に伝え理解させ自分自身を見つめどんな自分でいたいかを、再確認させ、
「真実」で生きることを意識して生きる方が、素晴らしいことは誰もが解っていることだと思います。

個人の利益を重視する支配者層と決別し、会社に不利益な事を隠ぺいし、責任を他者に押し付ける人々とは、
一線を置いて付き合うようにしなければ、同じ穴のムジナです。

で、ここ最近、頻繁に明るみに出る会社の不祥事が続くのは、実は経営者(支配者)が悪いのではなく、
社員一人ひとりの意識の問題だと思います。

不正を見て見ぬふり、あげくに大人のイジメが、社会と会社の腐敗の原因です。

ここに思いやりと尊敬の念を持ち、お互いの存在を尊重できる社会を築く為には、
今回のお題である、「承認欲求」や「適者生存」と言う人類にとって不必要な観念に気付き、
押し付けられた無用な観念は手放なさなければ、これからの人類に未来は無いような気がします。

だから、世界経済を動かす支配者層の真実を見ることが出来ない政治家や官僚・無慈悲な権力者・支配的(利益重視のワンマン)経営者などに惑わされず。

国民一人ひとりが意識の向上に努めることで、世界を変え、国を変え、人間社会に愛と平和をもたらすことが出来ると思います。

そして、誰が上えで、誰が下と言う、人間関係から上下と言う「枠」をなくすこと、
この無意味な「枠」(無意味な階級)が無くなれば、みなで効率よく仕事を終わらせることが出来る。
キツイ仕事も安易な仕事も皆で、平等に分配し協力することで自然に信頼が生まれ特定の個人に集中させる意味が無くなる。
能力差による不平等な分配も無くなる。
偏見や差別と言う思考に捉われなくなれば、皆が意欲を持って仕事をして、一つの仕事(一日の仕事)に向かう事ができる。



で。思う。
こんな簡単な事なのに、TVのキャスター・コメンテータらは、
支離滅裂で現実を把握していない(経験していなから)コメントと、
これからの世の中は前途多難だと言う事しか、言う人がないのが淋しい。(ここ数十年同じことを言っている)


池上さんを除いて・・・。



                  END
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「愛」と「不安」

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自分が発した波動(思考)は、必ず自分に戻ってくる。

不安な気持ちは、不安な波動を放つ人を引き寄せ。

不満を持てば、不満ばかり言う人を引きよせる。


これが「類は友を呼ぶ」です。

でも、自分自身が変われば、この「類友」も変わります。

だから、自分が、変わると相手が離れて行くか、自分から離れて行くような状況が現れます。
相手との付き合いに長く我慢していたり、何らかの違和感を感じながら付き合っていた場合、
相手の言葉と行動の「本質」が見えはじめ、相手の「思考」を感じる事が出来ます。

人は、「思考」→「言葉」→「行動」の順で動きます。

そして、元の思考が「愛」か「不安」のどちらかから発動しているかで、
その人の傾向が本質となって現れるのです。


愛から発動する思考は、純真無垢で計算がありません。
不安から発動する思考は、人をコントロールする事を主としている場合が多く、
一緒にいると「淋しい」とか「悲しい」気分になったりします。


また、自分自身の発している波動を理解していないと、
他者から何かを受けていると思い込んでしまい、自分の現状が理解できず困惑する事になります。


ですから、現状を創っている源(波動)は、実は自分だと気づくまで続きます。

人生・人間関係も、自分が放つ波動によって決っていきます。

だから、自分自身の波動(思考)を、観察し自分の意思でコントロールできるまで、
その現状を維持され、いくら、変えたくても、心の底から変えようと決心しなければ、
自分の波動に縛られたままになるんです。

波動=思考は、その人の生きた年数や、前世の記憶など潜在的な記憶を源にしています。
前世の記憶は難しいけど、今生の自分の生き方、考え方の傾向は分析できるはずです。
でも、今生にも前世の記憶は少なからず影響しています。

自分の「思考」→「言葉」→「行動」のこれら三つを観察し、
更に、思考を支配しているモノが「愛」か「不安」かを見定める必要があります。

自分の人生に不満を抱くのは、自分自身に不満を言うのと同じです。
裕福でも貧しくても、その人の思考が人生を決めます。

例えば、裕福な人でも「不安」を「思考」の中に抱えていれば、
一般的な家庭より多くを所有をしていても、それらを失うかもしれないという「不安」が心を満たし、
欲張りで常に損得勘定でしか物事を考えられないようになります。

逆に、貧しく所有している物は少なくても、人々と分かち合うこと知っている人々がいます。
これは、足りないと言う概念が無く、全てのモノは皆で分かち合うことの「価値」を知っているからです。

また、このモノに対する価値観は、人間関係にも影響します。

家族だろうと、兄弟姉妹、知人友人、仕事関係にいたるまで、全ての人間関係も、
「愛」と「不安」とでは雲泥の差となります。

人間関係でも愛は相手を優しく包み大切にしますが、不安は抱え込み相手を所有します。
愛は、自由な関係でいますが、不安は、規制や監視という視点で人を観ます。
愛は、損得の無い関係ですが、不安は、損得(損益)がもっとも重要になります。


では、どうすれば自分の波動を感じる事が出来るのか?

まずは、内観し心の奥底へと入る「瞑想」があります。

次に、他者から自分の波動を感じる方法があります。
これは、相手から感じる事を、感情を入れずに観察し分析します。
かなり高度な感じですが、人は相手の波動を無意識に感じ取っていますから、
意識して感じるようにすれば半年~3年くらいで感じとれるようになります。

で、この方法は、相手の思考か自分の思考か、分けなくてはなりません。
人は、他人といると相手の波動に染まる傾向があります。
これは、自分で考えるより相手に染まる方が楽だと感じるからで、
自我の強さで別れます。
だから、自分より自我の強い人といると、その人に染まり。
自分の方が、自我が強ければ、相手を支配する傾向が強まります。

で、相手から離れた時に、思考がどう変化するかを感じてみます。
まずは、「ほっと」するとか「まだ一緒にいたい」と思うかという簡単な事から始めると良いです。

また、複数でいる場合ですが、複数の場合は役割が分担されますから、
自分がどんな役割を当てられているか、
それを振り分けているのは誰かが、そのグループのリーダーとなり、
そのグループの「傾向」を読み取ることができます。

で、そのグループが「愛派」か「不安派」かを見極めれば良いんです。



兎に角、自身の思考の根源を理解しなければ、人生・人間関係を好転させることは出来ません。


       全ては「愛」か「不安」が鍵となります。


      
                 END

自分の波動に気付く。(自己反省)

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自分が発した波動(思考)は、必ず自分に戻ってくる。

不安な気持ちは、不安な思考を育て、更に不安な波動を放つ人を引き寄せる。

そして、不満を持てば、思考は数々の不満を思い浮かべ、更に不満ばかり言う人を引きよせる。

だから、自分の放つ波動に注意を払わないと、自分自身の不の波動エネルギーにやられる。

他者から受けていると思い込んでいる波動の元は、実は自分だったりする。

したがって。人間関係も、自分が放つ波動によって変化する。

全ては、自分自身の波動(思考)を、観察し自分の意思でコントロールできるまで、この現状は維持される。

いくら、変えたくても、本気で変えようと心に決めない限り、この不の波動が不運で悲しく淋しい状況つづくのだ。

人に与えたモノが、自分に返ってくると言う言い方もある。

類は友を呼ぶとも言う。

全ては、自分次第だ。

だから、本気で己の思考を観察し、制御・コントロールできるよう日々の精進が肝要。

どんな状況も、全ては自分の選択が結果を招いている事に気づかなければ何も変わらないし、
その結果を、自分以外の「誰か」責任にする事は出来ない。

更に、今の現状に悲しんだり、今を恨んだりしても何もならない事に気付き、人生に良き変化をもたらす事が出来るのは、自分自身だと言う事を、少し時間はかかったが、人生半ばの40で理解できた事に、今は心から「感謝」したい。


プロフィール

kodama

Author:kodama
思った事を、感じたままに書いていますので、言葉に語弊を感じるかもしれませんが、
あらかじめご了承下さい。

※書いた記事は、途中で編集することが、多々あります(・_・;)

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