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時計。

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※画面をクリックで拡大します。

赤が普通のデジタル。真ん中が、15年前の自動巻き。一番右の黒が電波&ソーラー電池の凄い奴!


カテゴリに「好きな物」を追加しました。

で、第一回目は「時計」です。

昔は、手巻きとか自動巻きの時計が好きでしたが、今は断然デジタルです。

最大の理由は、誤差が少ないもしくは、誤差が0と言う点です。

この誤差0は、電波による自動補正をしてくれる機能です。

で、数あるデジタル時計の中でも自分は「Gショック」が好きで、現在2つ所有しています。

一つは、普通のアナデジで、もう一つはソーラー電池&電波時計です。(アナデジ=2針表示のアナログとデジタルの混合表示)
                            
もちろん両方とも針付のアナデジ。

何故、針付きかと言うと、デジタル表示は時間の幅と言うか、量?が解りにくいから。

デジタル(数字)は、時間は見やすいが、時間の「量」?が分かりにくい。

この時間の量とは針の動く幅のことです。(^_^;)

これは、「2つの針」の長針と短針の動く「幅」が、「量」を表してくれているという事。

で、更に、先に書いた、電波時計は正確な時間を電波で送信する送信所から送られる電波で、日に数回時間の微調整を自動でしてくれて、常に正確な時間を表示してくれます。。


むか~し昔「時」は、、太陽や月と星の位置で時を計測し、
平安時代には、基準となる鐘を打ってから、お香を焚いて燃える時間で、
時を計測していたとあります。

今は、原子時計によって時間を計測して発信しているらしい。
原子時計ウィキペディアより
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E5%AD%90%E6%99%82%E8%A8%88

そして、現在のデジタル時計は、クウォーツ、水晶の振動の値で時間を正確に計測出来ることが発見され、
その正確さからデジタル時計が普及?したようです。

で。逆の機械式の時計は、ゼンマイの動力で振り子えお動かし時を刻むとても素晴らしい発明だと思うが、
やはりデジタルの正確さにはかなわないだろう。(多分・・・)

と言うのも、ゼンマイの巻いている量が常に同じでないからと、磁気に影響されやすいのと、
時計の置き方で誤差が出るいう弱みがある。
また、高価な時計でも、巻いたばかりと後半ではトルクが変わり正確な時間を刻めなくなる。
まぁ、常にゼンマイの巻き量を気にして巻いていれば良いが、そうもいかない。
もちろん、高級時計にはトゥールビヨンと言う、時計の置き方による精度の狂いを「姿勢差」を修正してくれる強者もいるが、正確な時間を自動修正することはできない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%93%E3%83%A8%E3%83%B3_(%E6%99%82%E8%A8%88)

とはいえ機械式が好きな頃は、時間を「117」の時報を聞きながら時間合わせるのが楽しかったものです(^_^;)


しかし、クウォーツが発明されて、数十年経ち電波で正確な時を自動的に受信すると言う画期的な時計だと思う。

しかも、1日に数回、電波を受信し微調整をしてくれる電波時計は本当に便利だ。

そして更に、太陽電池を備え、電池交換不要ときている。


かつての面倒な作業が楽しく感じた頃も捨てがたいが、今ではそれも面倒になっている。(-_-;)

そして、機械式の高級時計より電波時計の方が正確で、調整もしてくれ、安価で購入できることが、
更なる魅力でもある。


機械式は、高い物では数千万いや億に近いものまであるが、デジタルはいくら高くても数十万が限度だろう。

同じ時を刻み西暦、月、日、曜日まで教えてくれる双方の違いは、なんなのか?

職人の技で、世界に一つと言うモノもザラな機械式に比べ、基本大量生産のデジタル。

希少価値では、ダントツ機械式だが正確さでは、断然デジタルだ。


この、現代にどちらが良いのか?

と言えば、好みによるところだが、今の自分はやはりデジタルに楽しさを感じる。


でも、なぜこのハイテク時代に両者が存在するのか?


まぁ。不便こそ「味」というのがアンティークだが、古き良き時代を大切にすることも確かに大切だ。

しかし、機能しない古きモノをいつまでも大切にするのもどうかと思う。

その時の時代にあった考えも取り入れ、変化させることも必要ではないかと思う。


と、少し「時計」から話題がそれるが、人類は常に変化を求められていると感じる。
いや、変化とかではなく、一定の場所に留まることが出来ないのが宇宙のルールであるように思う。
安心と安全を得る為に、その場に留まろうとしても皆がそれらを求め殺到すれば、安全な場所も危険になるし、
安心なポジションをキープしようとすれば、後の者がその安心なポジションを狙っているかもしれないと言う不安から不和が生じる。
そして、その不安振りほどくため自分より優れた存在を遠ざけ、会社の衰退を促し、社会の混乱を促進させている。
自分だけが安心と安定をキープしたいと言う独りよがりを、権力を持った人間が使うことでバランスが崩れている現状。
先日の裁判がそれを大いに物語っている。

そして今、人の道徳心に大きな「不安」と「疑問」が浮上している。

自分の安心を確保する為に、自分より能力の低いと思う人間を、周りに集めたり、
後継者に据えるという事態がそれだ。
これは、TVで池上さんも言っていた事だが、これでは今後の日本の「会社」の存続が危ういのは、
間違いないと思う。

ハイテク技術により、職人の技が軽視される時代になり。
これが原因で仕事量が減り、余った人材をもてあまし放置し、ただ出勤すれば給料が貰えると思い込んでいる人々を、増幅させている。

やる気のある人間を雇わず、やる気のない人間を保護する会社と、
そういう人々を法律が保護?することが、大きな矛盾を加えているのは事実だ。

そして、この事実を、いつまで放置できるか?
いや、放置し続けるかが、「今後、日本企業が生き残れるかどうか?」と言う問題になるは必至。

そして、この大きな問題が明るみに出るのは、もはや「時間」の問題だと思う。

ハングリーなアジア諸国の人々は、日本人の平和ボケを見逃したりはしない。

一致団結して、事に挑まなければ、必ず足元をすくわれ取り返しのつかない事態に時代になるはずだ。


と。また、話が大きくずれたが、良い感じで書けたのでお許しを・・・

026 (2)



                END
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自然(地球)と一体化している人々と自然と一体化していない人々の違い。

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今回テーマは、少し生意気なテーマです。


今まで自分が読み聞きをしてきた地球と人類との関係を、簡単にまとめてみました。

上手く表現できていない部分もありますが、参考になれば幸いです。


---------------------------------------------------------





「自然(地球)と一体化している人々と自然と一体化していない人々の違い。」





一体化してる人々とは、自然と地球と調和している民族や部族と言われる自然と調和した人々。

一体化していない人々とは、化学、経済を通して地球と自然を破壊している人々。




まずは、一体化している人々の生き方から。

彼らは、電気や化学、お金と物質(加工された)に縛られ生きていない。
更に精神面では、権力と言う力に縛られておらず、嫉妬や不安とは無縁な生活をおくっている。
これは、地球と自然の与えてくれるモノに感謝し生きる喜びを感じる能力を存分に生かしている生き方。



次に一体化していない人々生き方。

一体化していない人々は、化学と経済に依存している。
幸せな世界造りの為と言い、政府を造り化学と経済に縛られ生きている生き方。




と、この両者の違いを書くと、「調和のとれた人々とは住んでいる所が違う」と言う人がいるかもしれない。

が。残念ながら同じ地球上で、我々と同じ空間に生きていることに違いはない。

同じ地球上で、同じ空気を吸って生きている。

地球からの恩恵も同じように受けている。

そして、我々同様に神仏や霊的存在とも共に共存し存在している。(多分、我々以上に)


更に、彼ら以外に何者にも縛られない生き方をしている存在は、まだまだ多く存在している。

言うまでもなく、動物や植物、細菌にウイルス達もだ。

彼らは何者にも縛られず、この地球と共存し生と死をしっかりと受け止めて存在している。

動植物は、私達人間と違い、細菌やウィルスとも調和を持って共存している。

人類だけが、細菌、ウィルスを悪と決めつけ、自然の活動を「災害」と呼ぶ。


また、我々と次元が違う存在達も数多く存在している。

これも言うまでもないが、精霊や妖精達だ。(それから霊も・・・)

彼ら霊的存在は、こんな破壊的な我々を見捨てず共存することを選んでくれているとても、ありがたく愛に満ちた存在だ。





しかし。悲しく残念なことに、大きな愛で見守ってくれている多くの存在の心を、我々人類は踏みにじって生きてた。



そして、こんな我々対して、あえて地球に「人」として転生し、我々人類を大きな愛で導いてくれていた。

                                         
 まともな宗教真理を持って、人を操作する為ではない、教えと導きを持って・・・。

この本来は自由で平和な生き方について教えてくれた存在が、佛陀やイエスなどの有名な聖人だが、実は多くの無名な指導者達がいた。

しかし、我々はそう言う存在達の声を無視し続け、時に彼らを非難し罵倒し・・してきた。

自分達とかけ離れた存在と言う嫉妬心や、彼らを恐れる時の権力者に意のままに操られて。

そして、今現在も正しい行いをする人間を後ろ指を指し、あざ笑う人々は多い。

これは、人類がお互いに愛を見いだせないことが原因ではないかと思う。



また、日々の生活では、お金・物・娯楽などに焦点を当てるよう仕向けられている。

そして、お金、物、娯楽を得るには辛く苦しい仕事しなければ得られないと思い込まされた。

その苦痛こそが、真剣に働き生きている証(あかし)だと思い込まされて・・・


更に、心の視野も小さく狭い範囲にとどめられ、自由に生きている人など、この世に存在しないと思いこまされた。

この思い込みは自分の身の回りだけを見て判断するように、目先の利益だけに目を向けるように教えられてきたからだ。

これらは、まず損得勘定が、自然に働くようにインプットされている証拠でもある。

例えば、昔親から「お手伝いをしたらお小遣いをあげる」と言われた事が無いだろうか?
これは、何かを得るには何かをすると言う「交換条件」と言う概念の植え付けだ。

更に言えば「お手伝いをしたらお小遣いをあげる」は、教育として用いていると勘違いしてる。

すでに幼少期からお金で動かされることを、親から教わるのだ。
そして、親もこれに疑いをもたないし、何が変なのかも解らないだろう。

何かをしなければ、何かを得られない概念は、「思いやり」の本質から外れ常に交換条件を基本とした考えに変わり、損得を常に考えることになる。



この概念は、更に進んで損益の為に奪い合う戦う事に発展した。

過去には食べ物、土地(領土)人間、宝石類だった。

で、現代は其れにとどまらず地下の「資源エネルギー」に変わり、他国の土地、領土などお構いなしだ。



では、どうすれば、この概念から解放されるのか?


簡単な事だ、ただ「分かち合い」を知る事だけだ。

全ての物(資源)は、みんなの物であると言う「真理」に気が付く事。

天然資源から得られる物質を、お金に換え自身の国を豊かにする。
でも、こういう国は現在ありえないし、過去に天然資源で豊かになった国の国民は、
仕事することの意味が解らず困惑している国すらある。

更に、戦争行為が資金源となり、意味のない争いをでっち上げては、殺し合いを始めているのに、
何故この事実を公表するメディアが少ないのか?
もっと言えば、教科書にも書かれることも無い。


では、この状況を変えるにはどうしたら良いか?

それは、まず自分の置かれた状況に不満をもたず、自分たちが選んでその文化地域に転生することを決めてきた事を認めて、何をこの人生から学ぶかと言う事に焦点を当てて生き方(考え方)を変えていくしかないと思う。


特に最先端と言われる科学の産物の中で生きている我々は、この事を忘れている。
いや、忘れるように仕向けられている。


昔の指導者達は、(この場合の指導者は、キリストや佛陀など真の生き方を教えようとしてきた人々だが)
この事を、口頭で伝えたり、実際に奇跡を人々に見せて、我々にも出来ると教えてきた。
そして、偶像崇拝をすることを禁止し、文字にすることを許さなかった。
これは、後の権力者「人々を支配する人々」に、自分達の教えが利用されることを知っていたらからだが、
目覚めていない人々には、こういう宗教は受け入れやすく浸透しやすい。
それは、幸せな世界(天国)と恐怖と不安の世界(地獄)と言う対極な考え、相対する考えで生きているから。

これは、陰陽の対極図の世界が、今の我々思い(想念)が造り上げている世界だからだが、
この世界を体験しなければ、次の世界に行けないし行こうと思わないからなのかもしれない。

分離の世界から融合の世界への転換。

相対や分離がない世界。

融合、調和、一体と言う世界が、生命本来の生き方だと気付くこと。

分離し、お互いに苦痛をあえてる事を取得することが、いかに無意味な行為だと気付くこと。


このことは、今まで多くの指導者が長い年月をかけ、人々に伝えてきた「本当の生き方」の道しるべになるものを、心を開き真の目で見ることが出来れば、理解することができる。


しかし、ありがたいことに「歪められた」教えにも、真実が隠されている。
真実を歪めたものから造られたモノだから、その中に埋め込まれた真理は何らかの影響を及ぼしている。
これには、真実を視ようとする心があれば、教えの真理、真意だけが自分の中に入って来るし、求めたモノが現れる。



そして、「波動の法則」には、求めたモノを引き付ける。
物質より、心と言う眼に見えないエネルギーの方がはるかに早く求めたモノを引き付ける。
自分が、幸せじゃないと思えば、即不幸せな出来事が目の前に現れ。
幸せと思えることを、見つけ感じれば、幸せな出来事が次々に現れる。


これは、物や出来事に焦点を当て、人と自分の違いを比べて生きていては、この大切な法則を感じられない。

更に、今のこの不運な状況(不運と思っている人限定)を家族や友人、仕事上の人間関係という様々な人との関わりの仕業にしていては見えてこない。

だから、自分自身を、真実の眼で観ようとする観察眼を育てる必要がある。

この観察眼とは「心の眼」だ。

判断、批判のない眼で物事を捉え、そこに真理を見つける。

そして、見つけた真理にも判断、批判をくわえない。

だた、自分の心がどう反応するかに焦点をあてるだけで良い。

愛で反応するか?

エゴで反応するか?        


人は、この世の出来事に対する反応は、この二つしかない反応のバリエーションでしかないと思う。


自然との調和のある生活を選ぶか?

化学物質できた不調和で不健全な生活を選ぶか?

と、言う選択をしなければならない、状況がもうそこまで来ていると思う。

                                  

                   END

滝(フォト)


     一番のお気に入りが、この写真です。
(^_^;)  016.jpg
                          



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1,ここから滝が始まります。
2,ここは1の反対側からのアングルです。
3,こちらは2の岩の裏側です。
4  同じく
5,滝を横から撮りました。
6,こちらは5を引いて撮ったところ。
7,滝を正面から撮ってみたのですが、迫力がイマイチです(-_-;)
8,シダ?だと思うのですが、なんだかパワフルな感じがします(^_^;)

 ○○滝

昨日は、神秘仲間のAさんと○○滝へ行って来ました。

とその前にお断りを・・・
なぜ、名を○○とするかと言うと、このところパワースポットブームで、
名をや場を紹介すると、そこに人々が集中して集まり、場の波動が乱れる恐れがあるからです。
また、心無い人は、ゴミを平気で捨てたりします。
全ての人がそうではないと思っていますが、今回の場所は、本当にパワーがあり神聖な場所ですので、
自分のブログでは名前は公表を控えます。
で、どうしても行きたいと言う方は、メールにて紹介します。


では、○○滝です。


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写真1は、滝の上部です。
Aさんは、上部の方がパワーが強いと言っていました。(源泉に近いからかな?)
写真2は、滝がもっともパワフルに感じた部分です。
     岩にあたることで、パワーがはじけているのかも・・・
写真3は、滝壺です。
     下に行くほど穏やかな波動に変わります。
     とても癒されました(^_^;)




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自分は、この岩盤から強い波動(パワー)を感じました。
で。Aさんもこの岩盤からの波動にはビックリしていました。
と、言うのも「手をかざすだけで、こんなにダイレクトに感じた事はない」と言うことでした。
確かに手かざしだけで、これほどの波動を感じる事は無かったので、
しばらく、二人で手かざしをして岩盤パワーを堪能していました(^_^;)

※写真からもパワーが出ていますから、是非、手をかざしてパワーを体験してみて下さい。


ちょっと、余談ですが、自分はこの日に右足の付け根を痛めていたのですが、
この場にしばらく居ただけで、痛みがやわらぐと言う体験をしました。
これは本当に不思議な体験で、場の波動が人の体の気を調整してくれたのだと思います。
まぁ「天然の気功」と言うやつでしょうか?(^_^;)

          ホント驚きでした!


ちょっと短いですが、これで○○滝の報告は終わります。

で、少しだけお願いを・・・

現在、パワースポットブームでTVや雑誌、ネットなどで、
多くのパワースポットが紹介されていて、
神秘の力に興味が出ている事は、喜ばしいことです。

が、しかし。パワースポットに多くの人が押し寄せ、スポットの「波動」が乱れたりすることがあります。
これは、多くの人が身勝手な「念」にエネルギーを注ぎ込んでいるからだと思います。
特に「水」関係の場所などが、強く影響を受けている感じがします。
と言うのも、水はエネルギーを吸収しやすいからです。
もちろん浄化の作用もありますが、一気に注がれた雑多な「念」を、そう簡単に浄化する事はできません。
また、人が集まると、必ずゴミの問題が出てきます。
実際に、ペットボトルが捨てられていました。(もちろん拾ってきました。)
ですから、いくら良いスポットでも、その場の状況などを考慮して、公開することも大切かと思います。
特に自然のものは。
で。今回の「○○滝」は近くに駐車場がなく山道も狭く険しい場所なので、公開を避けました。
もっと、観光に力を入れていて、駐車スペースやトイレ、売店などがあれば、
皆さんに公開しても良いかと思いましたが・・・m(_ _)m



あと、パワースポットとの事を勘違いしてる人も多く見受けられます。
と、言うのはパワースポット=開運としているように感じるんです。

これは、開運と言う言葉に、金運や恋愛運と言うものを勝手に上乗せして、騒いでる場合があるからです。
視聴率が取れればなんでも有りではないと思うのですが、本当に残念な事です。

では、開運とはどんものを言うんだ?
と、なると思いますので、自分の解釈で説明します。



開運とは、自分の人生を直視して、無意識的に反応したり、見たり、聞いたり、行動したりをやめ意識を持って反応すること。

そして、意識をもって人生を観る事で、本来の運勢の扉が開き人生の流れに変化が起きると思います。

自分の都合で、周りの人々を悪人にしたてたり、状況のせいにしり、自身の行動に言い訳をしていては、本来の運勢の扉は開けません。

だから、パワースポットなどでは、その場をの存在に挨拶や先にお礼を言ってこの場に留まることを許していただいてから、静かにその場の波動を感じて、全身の気の流れの変化を感じると良いです。
気の流れが良くなると、意識を明確に持てるようになりますから、そこから内観や瞑想するのが良いです。
もしその場で、出来なくても家で写真を見て瞑想するのも良いです。

あと、自然のパワースポットに金運や開運など求めるのは、ちょっと・・・?ですね。
精神を安定させるには、抜群に良いです・

で。やはり金運、開運は神社仏閣などで、それぞれ専門の所があるはずですから、
そういうところで求めると良いと思います。(当たり前ですね)


と言う最後は、なんか偉そうな言い回しになってしまいましたが、どうしても伝えたい事でしたので、
お許しくださいm(_ _)m
          



            おしまい。

賀久留神社(モノクロで紹介)

前回の馬頭観音堂のつづきで「賀久留神社」です。

久しぶりの参拝でしたが、本当に木々のパワーに満ちた良い神社です。
太古の波動があふれ、古くからこの地を守る人々の魂が今も活躍しています。






まずは、拝殿。
いつも参拝しても綺麗に管理されていて、気持ちの良い拝殿です。

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※写真をクリックすると、大きな画面で見られます。



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           毎回関心するのが、この榊!
          いつも丁寧に供えられています。







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本殿です。
自分は、いつもこの本殿を見ると、太古の衣類を身に着け髭の立派な人物を感じます。
この日は、かなり良い体格をした30代?くらいの人を感じました。




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こういう角が好きです。





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拝殿裏の軒です。
なんか良い気に満ちています。




やはり、ここに良い何かを感じます。019_20120414090552.jpg





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龍根とあります。
確かに龍っぽいです。

プロフィール

kodama

Author:kodama
思った事を、感じたままに書いていますので、言葉に語弊を感じるかもしれませんが、
あらかじめご了承下さい。

※書いた記事は、途中で編集することが、多々あります(・_・;)

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