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無量寺

昨日は、蒲郡にある無量寺という、ちょっと変わった?お寺に行って来ました(^_^;)


で。このお寺、ガン封じで有名らしく祈祷に来る人もかなりいるようです。
あと、少し変わったアトラクション?的なところがあるんですが、
その紹介の詳細はこちらに↓にゆだねます(^_^;)
http://www.sukima.com/19_gama01_03/05muryou.html


では、自分的に感じたことを少し。

まずこの日は、神秘仲間のAさんと行ったのですが、
どうもこの日は、何やら重いエネに取り憑かれている感じがあり、
行く道中の会話も少し重い内容が多かったんです。

でもですね。
この無量寺の寺内にはいると、「あら不思議!」と言う感じで、
「すぅ~~~」と、体が軽くなったんです。
で、Aさんにも確認してみると、同じ意見でした。
パッと見は、普通にお寺なんですがなんというか明るい?エネに満ちていると言う感がしました。
もう少し言うと。お寺らしくない波動なんです。

特に、自分的には、このお不動様の滝は良い感じでした。

019.jpg

あと、寺内の巨木「無量寺の大クス」も柔らかくて優しい波動を放っています。

018.jpg

017.jpg

で、家に帰ってから写真を見ながら波動を感じてみると、
どうも、このお寺の開祖?の方々の不動信仰の力の強さがこの波動を生んでいるように感じました。
と、もう一つは、土地の波動と言うか、精霊?とか妖精?的な存在もあるのかも・・・しれません(^_^;)

で、やはり現代人よりも、昔の人の神秘のパワーと言うか。
想念?の力?が現代人より強いのだなという感じもあります(^_^;)


で、最後は、無量寺から車で20分ほどのところにある、
Aさんお勧めの「清田の大クス」です。


035.jpg


027.jpg


ちょっと、写真では迫力にかけますが、実物は本当に凄いです。
で、ホントに、これで一本の木?と思うくらい太いんですよ(・_・;)

でもこの迫力なのに波動は優しく、しばらくの間、側にいるだけでかなり癒されます。

で。昔ぁ~し、むかしは子供たちの良き遊び相手だった感じがします。
木達は。純粋無垢な子供の波動が大好きなんです。
利己的な大人より、邪気の無い綺麗な波動は、木々や精霊達には、
この上ないエネルギーだとお思います。

しかし現在は保護の為、この木に登ることは許されていせん。
保護と言う事でしょが、なんだか逆に木が可愛そうな感じがしました。

で。大楠自身は昔のように子供たちと遊びたいと思っているような気がするんですけどねぇ(^_^;)
つぅか、今の子らは、木登りなんてしそうにないか・・・(-_-;)
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真言

178.jpg


真言についてご質問をいただいたので、頑張って書いてみようと思います。

しかし、あくまで自分の解釈ですので、
その辺をご了承ください(^_^;)



自分の真言に対する知識としては、各菩薩様達が苦しみしか知らない人間達への贈り物として、
授けてくれた尊い言葉と思っています。
言葉や文字は、サンスクリット語ですが、元は菩薩界の言葉だと言う事です。

そして、その意味は各菩薩様の力や能力?によって違いますから、
自分の求める作用や用途?のある真言を唱えます。

例えば、病気を治したい場合は、薬師如来様の真言を唱えます。
「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ」です。

また、不動明王の真言は、人の邪心を浄化してくれると言われています。
「ノウマク サンマンダ バサラダン センダンマカロシャダヤ ソハタヤ ウンタラタ カンマン」です。
少し長いですが、何度か唱えているうちに、以外に覚えてしまいます(^_^)

と、これらは仏の世界からの贈り物ですが、
真言によっては、かなり強烈な真言もあります。

平安時代の陰陽道では、敵を「呪(しゅ)」で、呪い殺すということが行われていたようですし、
戦国乱世でも陰陽師や僧侶、忍者などは法力をもって敵と戦っていたと思います。
でも、このように戦いや呪いのような真言や呪文は、人間の念によって創りだされた存在、
例えば陰陽師などは、「式神」と言う存在を創って、その存在の力を利用していましたし、
忍者などは、魔物や妖怪のような存在をしもべにして、操っていた様です。
有名なところでは、石川五右衛門などの大ガマガエルなんてのもありますよね。
そして、そのガマにまたがる五右衛門は口に巻物をくわえて真言を唱えています。
でも、これらは、真言と言うより呪文と言う感じですね。


で、ですね。
この魔物や妖怪達ですが、全てが恐ろしい存在ではないんです。
と言うか、ほぼすべて悪ではないと言い切れるかもしれません。

そもそも、魔物や妖怪は、姿かたちが人間と違うからと言うだけで、
悪い奴みたいな扱いを受けてきただけなんですね。
しかも、その姿をまことしやかにオドロオドロしく書かれたのが誤解の始まりです。
これは、人間の身勝手なエゴの部分が作り上げたと言っても言い過ぎではないと思います。
と、言うのも人間は、何か悪いことが起こると、すぐにその原因を何かの仕業にしないと気が済まないんですね。
で、その仕業の犯人が見つからない場合に魔物や妖怪の仕業にしてきたわけです。
ほんと身勝手ですよね・・・人間は(-_-;)

では、魔物や妖怪とはいったいどんな存在なんでしょう?

自分的には、自然霊だと思っています。
で、綺麗な存在を、精霊とか妖精と言い、
すこし容姿が変わっていると妖怪、魔物と言うのだと思います。

あと、「鬼」と言う存在もいますね。
これは、死んだ人間の怨念が、自身の霊体を怨霊のエネルギーで満たし、
無念をはらす為に再度具現化したものではないかな?と思っています(^_^;)
また、鬼と言う存在、その世界が多次元に実在し、そこからなんらかの「業(わざ)」で、
人間界に姿を現したのかもせれません。

まぁ。兎に角、我々の住むじげんだけではなく、この世は多次元で多くの存在がいるのではないかと思うんです。


と、また本題から外れてしまいまいたので、
もとに戻ります(-_-;)


え~。真言ですね。

今現在知られている真言は、とても昔から伝えられてもので、
その真言の力をより現実化するために僧侶や陰陽師達は日々の修行で数百、数千、数万回と唱え真言を音の力を借りて、この世に定着?させようとしてきました。
でも、これはなんとなくなんですが、戦国乱世が終わり平和が訪れたころから、
真言の力が弱くなったような気がします。

それは、人々が神秘な世界から科学文明に目覚めた為ではないかと思うんです。
そして、神仏の存在も軽んじられ、手を合わせるのも形だけになり、
自分たちが創り上げた「神」もほったらかしにした為に福が災いに転換しているようにも感じます。


っとぉ。真言でしたね(^_^;)


このように昔からの真言もありますが、
最近では勝手に「師」と仰いでいるpurpleさんは、直に神仏様から真言をいただいています。

●神仏から頂いた呪文●
こちらです↓
http://orange.zero.jp/purple77.wing/homepage/kan/power/kaiun_jumon.html

自分は、「ソウレイソウサ・・・」と「サイカクフザラン・・・」が大好き?で、よく唱えています。
もちろん「サイカク」邪気払いの時だけです(^_^;)

また、purpleさんの考案?した
「無限力」は、嫌な事を思い出したり、頭の中のオシャベリを止めるときなどに唱えます。


もちろん昔ながらの、般若心経やお不動様の真言に光明真言、大日如来の「南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)」も弘法様が祀られているお寺などに行った時は唱えています(^_^;)

あと、自分の干支の守護本尊の阿弥陀様の真言や先に書いた薬師如来の真言などは、
お寺参りで祀られている時には唱えます。
やはり自分の守護本尊と好きな仏様の真言は覚えておくと良いと思います。



で、最後になりますが、今回のお題の元になった質問に回答して終わりたいと思います。

「真言をずっと唱えると良いこともありましたが、よくないもの(マイナス波動)も後からかなりありますが
二つはセットなのでしょうか?ならば続けてずっと真言を唱えるのは怖いことかも?」

と、言う事ですが、中には中途半端に唱えるとよくない真言もあるようですが、
今回書いた真言は心配ないと思います。
特にpurpleさんの真言は、安心して唱えることが出来ます。
ご質問の真言がどんな真言か分からないので、
なんとも言えませんが、自分は「呪い系」の真言で無ければ反作用はないと思います。


             
                      END

明けましておめでとうございます。

皆様、明けましておめでとうございます。

と、少し遅めの挨拶になりましたが、今年もよろしくお願いたしますm(_ _)m


とこれで、皆様は、もう初詣はお済でしょうか?

自分は、2日に氏神様、3日の昨日は遠州一宮の小國神社へ参拝してきました。

DSCF0208.jpg


毎年、ここ小國神社は大勢の参拝者でニギわうようなので、お正月の参拝は避けていたのですが、
なぜか今年のお正月に参拝したくなり行くことにしました。
しかし、と言うかやはり、かなりの渋滞で神社から2Km手前のところから1時間ほどかかりました(^_^;)

ですが、神社に着いてみると意外と空いていて、参拝はさほど待つことなく済ませることができました。

が、それより大勢の人が集まるところと言うのは本当に疲れます。

以前、伊勢参りをした時もそうですが、皆、自分勝手で神の御前(オーバーですが(^_^;)
だというのに神妙さの無さに「イライラ」してしまいました。
とりあえず、お正月のように混雑する時は、参列の行列にしっかり並びましょう。
列を無視し、素通りして参拝する人を見ると本当に気分が悪くなります。

やはり参拝は、人が少ない日に、のんびりとする方が自分には合っているようです。

で、なんだかんだと一宮様に参拝した後、前日にグーグルマップで気になる神社を見つけたので、
そちらにも参拝することにしました。

その神社、名前が本当にビンゴでした。

その名も「大頭龍神社」です。

辰年だけに大当りの神社では?!と言う感じで行ったのですが、
雰囲気はとても穏やかで、気品のある神社だなぁ~と言う印象を受けました。

DSCF0222.jpg
DSCF0218.jpg

どうでしょうか?
この立派な青銅の鳥居が良いですねぇ。
そして、その奥に赤く塗られた拝殿が静かな面持ちで参拝者を迎えてくれます。

波動を感じてみると、太古の波動もありますが、今回は烏帽子をかぶった武家?らしき人が浮かびます。
時代は戦国時代でしょうか?なんとも村人思いの方が、おられたように感じます。
もしかすると、ここは古墳でありその後は見張所と言うか「守りの要」的な場所だったようにも感じますが、
詳細が分からないのが残念です。

そして、この神社の目玉も、やはりご神木です。

DSCF0227.jpg

事任様もそうですが、やはり神社は木々達(自然霊・自然神)によって守られてるのは確かであります。
さらに、ただ守るだけでなく癒しも同時に与えてくれているのがありがたいです。

この木々の間を風が抜けると、「ざぁー」と葉を鳴らせて参拝者を迎えてくれます。
特にこの写真の巨木達は、優しいエネルギーを惜しみなく発してしいました。

また、近いうちに参拝したいです(^_^;)



大頭龍神社
http://shizuoka-jinjacho.or.jp/shokai/jinja.php?id=4409175

劇的は・・・危険?

DSCF7086伊勢の気


ふと・・・

自分の人生で起こる出来事を劇的にしようとしていたら注意が必要。

今回言う。劇的は、神秘的な事に触れ自分が何らかの特殊な事を感じるのは、
けして特殊でもなんでもない。

人の行動、言動などに過剰に反応して対抗しているのであったら。

        更に要注意。

自分が、重要な人物で、特殊な能力が有り。
頼りがいのある人物と思いたい気持ちも解らないでもないが、
これは。ある意味。危険?な行為であると感じた。
特に人間関係に不安を抱えている人は要注意。

でも、神秘の追及をしたいのであるのなら、気を付けた方がが「賢明」だと言いう事を、先日ある方々の指摘で感じたので、ここに記すことにした。


これを記すことが、何故か今から重要なことに思えたから・・・
プロフィール

kodama

Author:kodama
思った事を、感じたままに書いていますので、言葉に語弊を感じるかもしれませんが、
あらかじめご了承下さい。

※書いた記事は、途中で編集することが、多々あります(・_・;)

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