FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

波動の高い低い

今回は、少し無理をして、「波動の高い低い」について書いてみようと思います。


パワーの木


「波動」 自分の解釈では、電波のような物と思っています。
と、言うのも波動には周波数があると言う説明が多いのと、
この方が理解しやすかったからです。

で。波動の周波数ですが、やはり高い低い有ります。

簡単に書きます(-_-)

高い=ポジティブ→プラス→良い
低い=ネガティブ→マイナス→悪い

です。

簡単に書きました(-_-)

では、解説

波動の良い悪いですが、ここでは人の心の波動で解説したいと思います。

高い波動=真実・嬉しい・楽しい・褒めるなど・・・
低い波動=嘘・怒り・ねたみ・恨み・ひがみ、などです。

どうです?感じた事ありますよね。
人から感じる「心の波動」です。
家族。友達。恋人。先生。上司&部下etc…

神秘のお部屋で、波動感覚が無いと言うコメントをよく目にしますが、
波動感覚が無い人なんていないんですよ。
人間自身が波動を放っていて、それを感じて生活しているんですから。
人の声(音)だって波動です。
だからその周波数で「真実」か「嘘」を見抜けます。
正しい事を言っているようでも、そこに嘘や相手を騙そうと言うマイナス波動が含まれていれば、
違和感や嫌悪感などの感覚で気付く事もできます。

この感覚が分ると、自分を信用させる為についている相手の嘘などが波動感覚で見抜く事が出来ます。
または、ネットなどで「虚偽」の書きこみしている人の真の姿も・・・
で、この場合、書き込みの「文字」から波動を感じとる訳ですが、
波動は「文字」にもしっかりと浸み込みますので、よく見れば分るものが多いです。
よほど波動を操作できる人でなければ・・・・・


あと、波動は似た物同士を引き付ける作用も有ります。
と、言うのは先に書いた「周波数」が同じ物同士が引き合うと言う事です。

こらは「類は友を呼ぶ」と言う事なんですが、
波動の高い人とは高い人同士が、低い人は低い人同士が集います。
この場合は、波動の方向性が似ていますので、何をやるにもスムーズに行くでしょう。
反対に、違う者同士の引き合いも有ります。
こちらの場合は、衝突しながらも学びを得る事が出来る可能性と、
喧嘩別れする可能性があると思います。

更に、人はその時その時で波動が変わります。
感情の起伏に影響を受けると思うのですが、極悪人でも綺麗な花を見て感動すれば、
その時に放つ波動はとても綺麗な+の波動になります。
逆に普段優しい人も「カッ!」と怒りの波動を放つと、
とても凶暴なエネルギーを放出します。

と、言う事は、人は+と-の両局を持っていると言う事になります。
電気のON/OFFみたいに切ったり入れたりとか、局の入れ替えもできると言う事です。
が、これは感情の反応などによって切り替わるので、
意識的にできないと、その人自身が困惑してしまうことも有るでしょう。
これが、人生の山あり谷ありですね。


で。地球の法則では、陰陽マークで現わす様に「相対的」と言うル-ルが有ります。
全ての内に相反するものの存在が有ると言う事です。

陰陽マーク黄色 - コピー


だから、陰陽のマーク(太極図)には、白の中に黒い点が有り、黒の中に白の点が入っています。
これは、善と悪は両者を必ず内包していると言う事だと解釈しています。
と言うかこの両者は分離できないような気がします。(地球の今の次元では)

で、大切なのが善で悪を包むか、悪で善を包むかを選ぶこと。
つまり自分の中の善と悪又は+と-を把握し、自身の心(意識)のあり方を観察してみる事が大切だと思います。
と言うのは、
自分自身は+と思っていても、周りで起こる事が常に不満や怒りでいっぱいになる。
人に優しくしているのに、なんだか喜ばれていない気がするのはどうして?

と疑問がでた場合、「称賛」と言う他者から「認められたい」とか「頼られたい」と言うエゴイステックな思考の表れと思って間違いないと思います。
そして。これは後に、かなり危険な状況を生み出しますので、注意が必要です。
この思考に気が付かないと、他者を全てライバルや敵とみなし、
常に人と戦って行かなくては、ならなくなるからです。



と、また話がそれましたが、大体は感じとって頂けたでしょうか?(強引に・・・^_^;)


兎に角、波動感覚は自身の「意識」と密接な関係が有ります。
自身が+なら神仏と言う高い波動の存在がサポートしてくれ、
自身が-なら邪神の様な低い波動の存在が側に憑いて人生をサポートしてくれるでしょう。(怖)


常に意識的に感じる事を心がけて、
「曇りない眼で物事を見定める」ことが必要だと思います。


真実を見極めるには、綺麗な水面の様な状態で観察するのが「肝要」と言うのは本当です。



更に。
「波動感覚」をつかって、「称賛」や「讃美」を求める者は、エゴに取り込まれていると言うことになります。
気を付けましょう。




と言うことで、いつものように、いつものごとく話は脱線しましたが、お許しを・・・m(-_-)m



スポンサーサイト

二俣諏訪神社

今回は、少し前に行ったのですが、
浜松市天竜区二俣にある諏訪神社の紹介です。


ここは、ずいぶん前から気になっていた神社なんですが、
やっと、参拝する事ができました。

TS3K0236.jpg

今回は、携帯のカメラなので少し光の加減が違いますが、
伝わりますでしょうか?
携帯だと、ちょっと神秘的な光になります。

まずは、この杉の木の配置です。
少し調べてみると、約250年前に二俣新町から移されたそうです。
と言う事は、この大杉は250年近いと言うことでしょうか?
う~ん。絶妙な位置に立っています。
と言うか、この杉に合わせて建てたのかと思えるように絶妙さです。

TS3K0237.jpg

鳥居の前です。
やはり大杉の配置が良いです。

で、参拝をしてみて感じたのですが、
この地は、近くに以前紹介した金毘羅様や日本一大きな大黒様なども有りますし、
こちらも以前紹介しましたが、大好きな役行者様が祭られた岩山もあります。
秋葉の総本山も近くにあり、更に周りにはパワフルな神社仏閣が点在しています。
天狗、修験者、山伏などのサイキックの修行場だったのかもしれません。

そして、城下でもあることから武家屋敷の立ち並ぶ場所だったことは間違いなく。
街道沿いですから宿場町として、たいへん賑わっていた事を感じさせます。

で、以前金毘羅様に参拝した時、武士達の波動感じたのを覚えています。

ほろ酔い加減の武士達が、飲んだ後に金毘羅様に参拝している様子を感じたんです。

神仏を重んじる武士達の精神が残るこの地は、
それを受け継ぐ人々に守られ今に至るのでしょう。

この諏訪様も社内はとても綺麗に掃除されていて、
大切にされている町の人々の心を感じる事が出来ました(^_^)


TS3K0240.jpg

弁天様だったかな?
龍神の瀧が有ります。

TS3K0242.jpg

少し引いて撮ってみました。

TS3K0238.jpg

御祭神です。

今回は、時間が無くほんの10分ほどの参拝でしたが、
この次は、ゆっくり参拝したいと思います。


         

石巻山 3

石巻山3です。

いよいよ、登ります。

023.jpg


と。意気込んでも、距離にして約1㎞ほどです^_^;
しかし、道はかなり荒れています。
木製の段が有りますが雨水で流されて枕木(?)だけになってると所あり、
少し危険ですし、崩れた岩が足場の所も有ります。
勾配も結構急ですし、つまずけば転がり落ちてしまうような場所もありますので、
ふざけて登るのは禁物です。

岩1

この石巻山、ほとんどが石灰岩で加工しやすい石だそうです。
採掘もされていた感じがします。
でも、なんか変な感じがです。
転がる岩が何故か加工の途中でほうり出された感じのものが多いです。
もしかすると、地震で崩れたのかもしれませんが・・・
霊的存在のが採掘を邪魔したのかも・・・(-_-;)



あと、山登りの基本として水は忘れずに持って行くことをお勧めします。
ほんの20分足らずで山頂に着きますが、それでも山道です。
この異常気象で肌寒い4月の頭にも関わらず、Aさんは汗だくでした。



さぁ。いよいよ山頂です!


007.jpg

この↑あと、鉄製の急な階段を二・三個登ります。

012.jpg
013.jpg


どうです?
絶景でしょう?
と、言いたいところですが、写真ではあまり伝わりませんね(-_-;)
ホント残念です。

でも、兎にも角にも、良い眺めでした。
修験者や仙人の修行の場としても最適です^^
で、思いだしたのですが、この石巻山の入り口付近に「役行者」の石像があるそうです。
しかも普通は高下駄と履いて座っている像なのですが、
こちらは高下駄を脱いで座っているよ言うんです。


石巻山 役行者で、検索すると出てきます。

でも、何故、下駄を脱いでいるのか???
下駄を脱ぐ・・・しばらく滞在していた?
石巻山に敬意を払っている?

うぅぅぅん。謎だぁ~~~



でも、確かに、この山は行者どのが好きそうな山だし、
書き忘れたが、登る途中に大天狗、小天狗と言う岩も祀られている。
やはり修験道の修行場だった時があったのではないだろうか・・・^_^


では、そろそろ下山です。

で、実は、登りより下りの方が、かなり危険なので本当に注意して降りて下さい。


と、ここで変わった物を発見!

019.jpg
020.jpg

なんかカタツムリにしては、薄いし渦の巻き方が変ですねぇ・・・

と、Aさんと話していると、石巻山の愛好家らしきひとが

「それは、ここにしかいない天然記念物の「イシマキシロマイマイ」だよ」

と、教えてくれた。

おお。ここにしかいないんだ~。
なんともミステリアスではないか!
石巻山・・・恐るべしだ!

と思っていうると更に変なものが!

021.jpg

んんんん?????

これって、海にいるヤドカリじゃないの?
な。なんでこんなのがいるんだぁ?
これは、殻だけど今も生きたのがいるってことだよねぇ?

ここは、太古の昔海だったとしても、未だにその名残が残っているなんて・・・

こいつぁ。ただのゼロ磁場というだけではないらしぞ・・・

しかもAさんが

「なんだか身体が軽い感じがするぞ」

と、言い出す。

うん。た、確かに軽いなぁ~。

何故?ゼロ磁場だから?ゼロ磁場は病気も治癒すると読んだが、
細胞の活性化もしてくれるのかぁ?



なんとも。はや。恐るべし石巻である・・・



                完


余談コーナー

これは本当に残念なことですが、
あちらこちらに「いたずら書き」が目立ちました。
山頂の〆縄のしてある岩に「相々傘」
道にせりだした木にも「相々傘」
タバコの吸い殻にお菓子の包み紙などなど・・・

兎に角、何故、今自然を大切にしようと言う活動が盛んなのに、
こんな事を平気にする人々がいるのか・・・

目につく物は拾ってきましたが、今度はゴミ袋持参で行かなくてはならない様です。




真言

鴨江本殿DSCF7954


「真言」と言うと少し距離をおいてしまう人が多いと思います。

この反応は、かつて「言葉」自体が持つ「真の力」を知る一部の人間だけの
「アイテム」だたった頃までさかのぼった記憶(DNA)の中に刻まれている、
「癖」または「自然的反射」かもしれません。




真言は、菩薩様や観音様、お釈迦様達によって人類にもたらせれた呪文です。

「自分達とは、各真言によって各菩薩・観音・如来と言う存在と繋がり慈悲の心を持ってあなた達に導きを与えます。」

と言う意味が込められた仏の世界からの贈り物です。

だから自由に誰もが唱える事を許されています。

しかし、最低でも感謝の気持ちと、シッカリとした意図を持って唱える事を忘れないで下さい。

あと、真言を唱えた仏様を心に思い浮かべることもお勧めします。

仏様達は、過剰な崇拝を求める事は有りませんが、
人々がお互いの心に宿る「神聖」を尊び感謝の気持ちを思い出すこと喜んでいます。


そして、真言は自分自信の為に唱えるのも良いですが、他の人々の為に唱える事は更に良い事です。

例えば「光明真言」「般若心経」などは無心で唱えても効果が有ります。
でも、唱えてるうちになんとなく意味みたいなものを感じたりしてくるかもしれません。

自分は、薬師如来様の真言などは、そのまま病気治癒に効果がありますので、
他者の病気治癒の祈願に唱える事が有ります。
他には、お不動様の真言などは自信の不浄の浄化、他者の浄化にも効果が有ります。

ただ真言は、仏様達の言葉ですので「意味」の解釈はそれぞれの宗派、国、個人によってバラバラの物もありますが、大体は同じ様な解釈だと思います。

でも、真言には真言の「音」に関係が有ると思いますので、意味が解らなくても唱える事で個人の思いも唱えた神仏には伝わると信じます。


ただ、中には、少し危険な真言もありますので、気を付けましょう。
ほとんどは、自分の思いを成就させるような物がほとんどだと思いますが、

過去、日本の戦では宗教間の争いもありましたし、
神道の方でも権力抗争もあったと思います。
安倍 晴明の活躍した鎌倉時代は、もろ霊的神秘合戦が繰り広げられていた事でしょう。


まぁ、とは言え普通に神社仏閣の立て札に紹介されているものなら危険は無いと思います。


それから真言が難しと感じるなら、自分の言葉で思いを伝えても良いと思います。


兎に角、神仏を尊びそれと同じくらい他者を尊ぶ気持ちが大切だと思います。
せめて真言を唱えている間だけでも、この「気持ち」を持つ事で日々の不浄が浄化されるのかもしれません。




あと、真言と言うより経典と思うのですが六根清浄大祓い言うものが有ります。
この六根清浄は、とても解りやすい感じで読むと心が和みます。
浄化の作用もとてもあります。

で、特に好きなところがここです。

「五臓の神君 安寧なるがゆえに 天地の神と同根なり。」
「天地の神と同根なるがゆえに 万物の霊と同体なり。」

なんとなく解りませんか?

「万物全ては一つに繋がっていて、全ての事象は連鎖している」

私達はバラバラでは無くて、全ては一つのと言うことを伝えてくれています。
我々と神は同じだと・・・これは、ここまでにします(^_^;)



真言は、心を込めて唱え
心身ともに健全なエネルギーで満たして頂き、
今、荒れた時代を乗り切りましょう!!!

石巻山 2

010.jpg


石巻山2です。


では、いよいよ。石巻神社に参拝して頂上目指し出発です。

と、その前に、こじんまりとした赤い祠が!

Aさんが言うには、

「奥の院じゃないかなぁ?」

奥の院?にしては、なんと言うか雰囲気が無い感じがする。

でもまぁ。兎に角、参拝はさせて頂く。

がぁ。あれ?なんかお狐さんが脳裏をかすめるぞ!

と、言うことで祠の中を覗き込むと、小さな駒狐がいるではないか!!!

「Aさん、これ稲荷様だよ」
「あれ?奥の院じゃないのか?」

と、しばし困惑する。
何故、こんな山奥にお稲荷様があるのか?
いや、あっても良いのだが、こんなに高くて昔はもっと険しい山道だったと推測すると、
なんか不自然な感じがする。


でも、まぁ。今と昔とではお稲荷様の在り方も違うからなぁ・・・

でも、待てよ!
この辺りに石巻城もあったとされていたなぁ?

       (-_-)

あ!三河と言えば徳川家康公・・・

家康公は確か稲荷信仰をしていたはず、浜松城にも稲荷はあるぞ・・・

稲荷と言えば先日行った豊川稲荷は荼枳尼天。
荼枳尼天と言えば戦の神としても信仰があったぞ!
そして、その豊川稲荷深い関係のある聞くと浜松の普済寺には、
Pさんが国賓級と言った北山稲荷がある。
総合すると、このお稲荷様は、なんとなく現代のお稲荷様とは一線を引くお稲荷様かもしれないなぁ。

などと、書いてるうちに色んなストーリーが浮かんでくる。

確か、織田信長も信仰していたと聞く・・・
でも、秀吉は伏見稲荷を信仰している。
織田、徳川は「荼枳尼天」
豊臣は伏見かぁ・・・・・・

とまぁ。キリが無いのでこの話は置いといて。


兎に角、お稲荷様に参拝しました。
でも、写真は「NG」な気がしたので撮ってません。

と、ここで、また話がそれます。


神社仏閣の写真を撮るうえで、自分の経験からの注意点を少し。

1・なんか「怖いなぁ」みたいな感覚がしたら撮るのは控えた方が良いと思います。
2・拝殿の中を撮るのもあまりよくないと思います。
3・写真は、参拝後に撮る。
4・撮らせて頂きますと、神様仏様のことわりを入れる。
5・撮る時は丁寧に撮る。

以上が、自分なりのルールですが、
特に2番の拝殿内はあまり撮らない方が良いと思います。

これは実際に、ある神社の神様にお叱りを受けた事が有るからです。

それは、去年の事なんです。
以前気になる神社があってPさんに視てもらって発覚しました。

で。そこの神様は、拝殿内を撮られた事をかなり嫌がっていたと聞かされました。

それからそういう感覚がなんとなく解るようになったのですが、
感覚としては、なんか「怖い?」と言う感覚がそれだと思います。
あと、自分の場合、拝殿の鏡を撮って怒られました(-_-;)
しかもズームしたのマズかったようです(-_-;)(-_-;)


あと拝殿は外観を入れて撮るのはOKだと思います。
でも、その後ろの神殿は撮るなら控えめにした方が良いようです。

ですから、神殿は少し引いた感じで撮る方が良いと思います。
ズームしたり格子の隙間から撮るのはやめた方が良いと言う事です。


と、毎度ですがmばっちり話がずれました。(すみません。)


では、この後はいよいよ頂上を目指し出発ですが、
ちょっと、時間的な都合から
今日もここまでとさせて頂きます(-_-;)


         
石巻山 3へ つづく・・・


プロフィール

kodama

Author:kodama
思った事を、感じたままに書いていますので、言葉に語弊を感じるかもしれませんが、
あらかじめご了承下さい。

※書いた記事は、途中で編集することが、多々あります(・_・;)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。