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「執着」 再編集版 (^_^;)

パワーの木


今回の精神分析のテーマは「執着」です。 ※(ちょっと思うところがあり再編集しました(^_^;)


「執着」これは、自分自身で気付くのが少し難しい厄介な奴です。


「執着」は、心の動きを鈍く小さなものにしてしまいます。
心の視野が狭くなり、思考が制限されたような状態になると、
物事の捉え方が片寄って、人間関係にも影響が出てきますので、
なるべく手放す方が良いと思います。

お釈迦様も、この「執着」に対しての教えを残されています。



では、簡単に「執着」強い人の傾向から行きたいと思います。
ただ、ここでは「物質」に対しての「執着」ではなく、精神的な方面の「執着」に限定したいと思います。


①自分を特別視している。
②自分自身を強く見せたい。
③自分は、正しくありたい。
④人から必要とされたい。

と、言うような傾向は、「権力」などの人を操作したいと言う現れです。

流れとして、自分は特別だから→人より強い権限(パワー)を持ち→だから正しくなくてはならず→結果、必要とされる・・・はず?

少し強引に「こじつけ」ましたが、思考の流れの例として、書いてみました。

で、こう言う人、結構いると思います。

でも、特別になり人よりパワーがある人になるにはどうすれば良いのか?

特殊な能力を持つしかない!

と、言う事で「霊能」と言う感じに走るかもしれません。(強引ですが(^_^;))

実際に昨日のニュースで「自称霊能者による恐喝事件」が、報道されていました。

本当に酷い話です。こういう事件は昔からありますが、真剣に学んでいる人達にとっては、
本当にいい迷惑です。

が。しかし、霊能と言うものは、自分自身の力で無く「霊的存在」の力を借りているのですから、
人間と同じように「類は友」のように霊能者本人の人間性に寄ってサポートする霊的存在も変わってきます。
元は、人間だった存在から、そうでない存在、例えば妖怪みたいなものまで様々な存在がいます。
そして、簡単に言うと霊能の良い使い方をしたい人には良い霊的存在がサポートして、
悪い使い方をしたい人には悪い霊的存在がサポートしている感じです。

では、良い存在。悪い存在の憑き方はどう決まるのでしょう?

自分の意見は、「潜在的(本質かな)な心の在り方」だと感じています。
いくら言葉で綺麗で良い事を言っても、潜在的な心の本質が汚れていれば、良い存在からのサポートは受けられないと思います。
霊能による詐欺事件が起こる理由です。
言葉巧みに霊的な話で相手を誘導し、信じさせお金を出させるわけですから、本当にたちが悪すぎます。

ですから、上記①~④に書いたような傾向を持つと、そう言う存在を引き寄せる可能性も出てきますので気をつけましょう。


あと、霊能・サイキックに執着し過ぎると「精神が不安定」になって行きます。

よくサイキッカーが能力を無くすと鬱のような状態になると読んだ事があります。

霊能者、超能力者は、自分の能力に頼り過ぎるとこうなるのかもしれません。

また逆に憧れ過ぎるのもしかりです。

兎に角、「執着」は持つと色んなものを狂わせる原因になります。
時々、自己診断をして自分の「心」のケアーをするのが良いと思います。





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普門寺

今日は、普門寺というお寺に行ってきました。
場所は、愛知県豊橋市雲谷町という町なのですが、
この「雲谷」くもや?うんや?くもたに?かなぁ?
で、調べても読みが出てきません(調べ方が悪いのか-_-;)
まぁ。いずれ分るでしょう^_^;(いい加減でスミマセン)

では、普門寺ですが、HPで歴史が紹介されていますので、
そちらを読んで頂ければ良いのですが、自分が感じたものを少しだけ書きたいと思います。
↓HPです
http://www.sunalix.co.jp/fumon/index.html

まずは、普門寺の前に、その手前にある鹿島神社を紹介したいと思います。

鹿島解説DSCF8785

鹿島神社DSCF8786

こちらの鹿島様ですが、なんと言うかとても太古の波動に満ちている感じがしました。
太古の人々の息と言うか、呼吸?という感じです。
自分は、かなり観察されていたように感じました(^_^;)

この場は、歴史に残っていない何かがあった様な感じです。

神気と霊気、様々な時代の波動が入り混じった感じで、とても複雑な場所なようです。

そして、普門寺はその霊達を諫める為に造られたのではないかとも感じました。

戦国時代と言う壮絶な時代を生きた人々の思いの念は、かなり強く残るだろうと思われます。

神仏が、権力者の道具として使われた時代に、歪んだ信仰を産み、それが人々を操りました。
そして、その中で亡くなられた人々の供養がまだ終わっていないのかもしれません。

本堂の観音様の他にも、阿弥陀様、釈迦如来、お不動様達が力強い波動を放っていました。
かつては、かなりの霊力を持った方が、毎日お経を捧げ、念仏、真言を唱えていたのでしょう。
建物ももっと立派だったと感じます。
もしかすると、平安時代は、かなり栄えた土地だったのかもしれません。
と、言うのも、自分には、迫力ある彫り物が施された建物が見えるんです。

でも、これは、ここに限った事ではなく日本全体にある事だと感じます。

時代と共に、人々の仏様に対する祈りが減ってきているのは事実です。

今は、スピ&パワスポブームで神社仏閣巡りが流行ですが、
人々は神仏に何を求め何に祈りを捧げに回っているのか・・・

         (-_-)


と、何故か書きながらセンチメンタルな気持ちになってしまいました(^_^;)


では、気を取りなをして普門寺です。


こちらには、自分の好きな巨木がドカッと本殿前に腰を据えています^^

その名も「大杉」です。

大杉(普門寺)

大杉2

大杉解説

見て下さい。
この根っこの張り具合!
凄いです!!!
根っことは思えない形に変形しています。
中から違う木が生まれてきている様にも見えます。
なんとも凄い光景ですね!

最後は、本堂です。

普門寺本堂

本堂には、聖観音様が安置されています。
真言は、「オン・アロリキャ・ソワカ」心静かに平和を祈りつつ唱えると良いでしょう。


では、今回のお参りはここまで、次回はできれば紅葉が始まる頃来てみたいと思います。

西見寺

今日は、とても良いお寺に出会う(?)事ができました。
しかも、自分が大好きな神仏習合のままのお寺です。
更にしかも、神社ゾーンの神様達は、馬頭観音様・弁天様・お稲荷様と、
これまた自分が好きな神様が御揃いになっています(^_^)/

で、お寺ゾーンの仏様ですが、多分、阿弥陀様だと思われます。
今回は、初めてのお参りでしてので、本堂に入る事は遠慮しましたので、
次回へのお楽しみと言う事で・・・(-_-;)スミマセン

で、今日の初のお参り&参拝のコメントはここまで。
写真も少しだけです。

前回の不始末がありますので、神仏様のご紹介は慎重にしていきたいので、
ご了承下さい(^_^;)

山門からの眺めです。
綺麗に保たれた美しい山門です。

DSCF8766.jpg

奥の神社ゾーンです。
静かなで清んだ空気が満ちています。
そして、参拝者を神聖な波動で迎えてくれます。

DSCF8761.jpg

ふと思い出した事。

DSCF7086伊勢の気


趣味的に始めた手相が、だんだん手相の域を超えだした頃、神秘のお部屋で「波動」と言うものと出会い。
約3年ほどで霊的感覚に確信が持てる様になったのだが、「ふと」昨日の相談者との会話を思い返しなが浮かんだ過去の記憶が蘇りました。

まだ、ほんの余興程度に手相を見ている頃です。

ほんの数冊の手相の本を見た程度でしたが、意外と当たっているので飲み会でも結構受けがよく。
自分も勉強になるので、楽しみながら見ていました。

でも、文字波動を使って、波動感覚を身につけると色な情報を感じる様になったのです。
で、思わず余分な「アドバイス」まで、してしまう時が有る事に気が付きました。
感じたからと言って全てを伝えるのではなく、本人の「気付きのスペース」も残さなければいけいないともう用になっなんです。
あと、自分自身も色々感じてくると不謹慎にも「楽しく」なってしまっていたのだと思います。(反省)

なんでもかんでも言えば良いと言う訳じゃないんですね。

言うタイミングもあるし、依頼者が考えて行動する事も必要、必ずしも全て感じた事を全て言うことが正解と言う訳でもないです。

確かに人にアドバイスするのは、楽しい行為の一つですが、慎重に言葉を選んでいかないと大変な事を伝えてします恐れもあります。

で、最近「ふと」思ったから言っていい事と、いけない事って結構あると言うのが、ここ数ヶ月で肝に命じている事です。

あと、自分の心の隙間を埋めるためにアドバイスをしている様な人を、飲み屋などで見かける事が有ります。
そい言う人を見ていると「なんだかこの人、自分自身にアドバイスしてるみたいだな」と感じる事が有ります。
または、自分自身に興味を抱かせるために「不思議トーク」をしている人もここ数年のスピブームで増幅している様に感じます。
不思議な事に興味を持つのは良いですが、本で学んだ事を自分の「力」として用いるのは、なんだかお粗末すぎて指摘するのも馬鹿らしいのでしませんが、人をコントロールしたりしようとする人間は許せません。

感覚のしっかりしている人は、本で学ぶより先に感覚で学んでしまいます。
で、その後この感覚はどう言う事かを、調べて行くようになると思います。

ですから。もし波動感覚を真剣に身に付けたいのであれば、本やサイトで調べた事を、鵜呑みにせずに、
まずは、自分の感覚を高めるよう日々の生活から訓練していくのが、自分のやり方でした。(ある方の助言も有り)

それから、アドバイスをするならその方の状況と心のレベルを見てから伝えないと、依頼者が伝えた事を「誤読」して、お互いの為にならない関係を継続させる事になる可能性も出てきますで注意が必要です。

喩えば「どこそこの神社は良いですよ」が、そこに行けば願いが叶うと強烈思いこんで、拝むだけで何もしなくなって日常の生活に影響が出てきたり、「生霊だね」とか「先祖の霊が」と簡単に言ってしまうとなんでも「霊」の仕業したりしていまう様になります。

Purpleさんなどは、個人的情報や事情もあるので「後でメール下さい」と、言う様にしてますね。


で、更に危険なのは、色々霊能スピ系にハマったあげく、自分が霊能者になったと勘違いしてしまうケースもあります。

これは今かなり増幅しているケースだと思います。

少しまえは、ある占いの人の本で勝手に他人を占って、人を引きづり込んでいる人をよく見ました。

では、なぜこうなるのか?

人は本能的に「人真似」をしたくなるんだと思います。
特に人に慕われたり、頼りにされる人に憧れるのだと思います。


でも、「モノマネ」ではないので、霊能はそう簡単に身につきません。
やたらに神社やお寺で「真言」など唱えるのも危険な場合もあります。
特に人気の無い場合は、気を付けましょう。
シッカリ管理されているかを見極め、自分自身のレベルも考えましょう。

あと。霊を感知する能力と、浄化成仏する能力に自信が無いかぎり、やたらと霊的なアドバイスはしない事がお勧めします。
アドバイスされた方にも迷惑な事がおこるかもしれまんので。


あと、神仏を感じないのに、神仏の代弁者になるのも気を付けた方が良いです。
神様、仏様も人を選ぶ場合があるからです。
と、言うのも先日ある神社で無作法してしまい、その神社の神様に怒られてしまいました(-_-;)
神社を巡って約20年になりますが、波動感覚は3年ほど半ば修行中です。
感覚の無い時ならともかく、身に付けた以上はもっと慎重に神仏様達とコンタクトを取らなければならないと、
深く反省しました(-_-;)


最後に、霊能関係をイタズラに使うと、「怪しい者」が憑きかねませんので、更に注意を促しておきます。
プロフィール

kodama

Author:kodama
思った事を、感じたままに書いていますので、言葉に語弊を感じるかもしれませんが、
あらかじめご了承下さい。

※書いた記事は、途中で編集することが、多々あります(・_・;)

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